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「ルツ記」
(2004年3月〜2004年6月)
   
「マルコの福音書」
(2004年7月〜2005年12月)
   
「マルコの福音書」の学びについて
ナオミがルツに、「娘よ。このことがどうおさまるかわかるまで待っていなさい。あの方は、きょう、そのことを決めてしまわなければ、落ち着かないでしょうから。」(3章18節)と言っているように、私たちは、このルツ記を通して、ボアズが示しているキリストを信じるとは、”キリストに決めてもらう生涯”を送ることだということを学びました。 しかし私たちが、そのキリストが、どのような方を知らずに、自分の人生を「”その方”に決めてもらうこと」はできません。 これまで私たちの教会では、約6年間、旧約聖書から、この”キリストを信じること”について学んできましたが、7月からは、ずばり”その方であるキリスト”について、”マルコの福音書”から学びます。 この福音書では、”信仰の創始者であり、完成者であるキリスト”が、最もダイナミックで、またわかりやすく書かれています。 またこの”マルコの福音書”は、私たちの教会で洗礼を受けた人が、最初に読むように勧められているのも、この福音書です。 ぜひこの”マルコの福音書”から、私たちがこのイエス・キリストについて、さらに深く知り、ルツの生涯のように、"この方が決めてくださる、祝福された生涯"を送ることができるように、この学びに期待しましょう!
  「マルコの福音書」の学びを終えて
私たちは、2004年7月4日から2005年12月18日まで71回に渡り、このマルコの福音書を学んできました。その学びの目的とは、父なる神が、イエス・キリストを信じる私たち一人一人を、その信仰によって、どのような生涯に導き、その生涯を実現することができるのかということについて学ぶためでした。 そして、その生涯こそ、イエス・キリストが、それまでガリラヤ湖で、何年間も、猟師をしていたペテロに対して、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」(1章17節)と言われたことが実現する生涯です。このイエス・キリストは、今も、生きて、私たち一人一人に対しも、「〜してあげよう。」と言われたことが実現する生涯に導いてくださっているのです。 しかし、私たちは、この生涯に導き、この生涯を実現してくださる“イエス・キリスト”という方が、どのような方であるか、聖書から学ばなければ、その方に対する信仰を持つことはできません。それは、復活されたイエス・キリストが、弟子たちに“それから”という生涯が実現するために、全世界という世界を用意されていたにも関わらず、彼らが、復活されたキリストを信じていなかったために(16章11〜15)、何とか、自分でできる世界、すなわち“自分のところ”(ヨハネの福音書20章10節)に、再び帰ってしまったのと同じことです。 その後、弟子たちは、イエスが前に言われたとおりにガリラヤで、その復活されたキリストに出会い、ついに“自分のところ”を出て行ったのです。復活のキリストを信じた彼らが出て行った世界とは、どのような世界だったでしょうか? それは、その”復活したキリストが、彼らとともに働き、ご自身のみことばを確かにされる世界”です。そして、今も、復活されたキリスト御自身は、そのキリストを信じる私たちを通して、このみことばを確かにされるご自身の働きをもたらしてくださる方であることを学びました。(16章20〜21節)
「サムエル記 第T」

 
「サムエル記 第U」    
「列王記 第T」
(2008年月〜現在)