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今、牧師が語られたことを私自身が実際に体験して、モーセの律法ではできないことがH.C.C.に導かれたことで、新しい契約によって主がみことば通りに主の恵みと祝福が与えられていることをお証しさせて頂きたいと思います。
初めにみことばをお読み致します。
「しかし今、キリストはさらにすぐれた務めを得られました。それは彼が、さらにすぐれた約束に基づいて制定された、さらにすぐれた契約の仲介者であるからです。もしあの初めの契約が欠けのないものであったなら、後のものが必要になる余地はなかったでしょう。
しかし、神は、それに欠けがあるとして、こう言われたのです。「主が、言われる。見よ。日が来る。わたしが、イスラエルの家やユダの家と新しい契約を結ぶ日が。それは、わたしが彼らの先祖たちの手を引いて、彼らをエジプトの地から導き出した日に彼らと結んだ契約のようなものではない。彼らがわたしの契約を守り通さないので、わたしも、彼らを顧みなかったと、主は言われる。それらの日の後、わたしが、イスラエルの家と結ぶ契約は、これであると、主が言われる。わたしは、わたしの律法を彼らの思いの中に入れ、彼らの心に書きつける。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。また彼らが、おのおのその町の者に、また、おのおのその兄弟に教えて、『主を知れ。』と言うことは決してない。小さい者から大きい者に至るまで、彼らはみな、わたしを知るようになるからである。なぜなら、わたしは彼らの不義にあわれみをかけ、もはや、彼らの罪を思い出さないからである。」 (ヘブル人への手紙8章6〜12節)
1月27日と2月3日の礼拝でこのみことばが読まれた時、自分自身のことが書いてあると思いました。
私はクリスチャンになって13年になりますが、H.C.C.に導かれる前の8年間は他の教会で礼拝を捧げていました。その教会はではモーセの十戒を礼拝堂の壁に貼ってありそれを守るようにと言われていました。
私は十戒を守るように努力し、それができると満足し、できないときは落ち込んでいて、いつもそれの繰り返しでした。自分の行いによって主が働いてくださると信じていたので、問題が起こると”なぜ主は私の祈りを聞いて下さらないのだろう?”と思ってました。そのためイエス様を信じていると言っても問題が起こると不安で一杯でした。クリスチャンになって6年目の頃、同じ日に洗礼を受けた夫と一緒に生活ができなくなってしまったほどの(大きな)問題が起こりました。
それで住み慣れた地と楽しく働いていた職場を離れなければならなくなりました。苦しみの中でみことばを求めて祈って聖書を読んだ時、「すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。ですから、弱った手と衰えたひざとを、まっすぐにしなさい。」というヘブル人の手紙12章11、12節のみことばが目に留まりました。
私はこのみことばをその時は理解することができませんでした。なぜ私が懲らしめを受けなければならないのかわからなかったからです。私が信じているイエス様とはどのような方なのか、もっと正しく深く知りたいという思いが起こされて、コロサイ人の手紙1章に書かれている「どうか、あなたがたがあらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころに関する真の知識に満たされますように。また、主にかなった歩みをして、あらゆる点で主に喜ばれ、あらゆる善行のうちに実を結び、神を知る知識を増し加えられますように。」(1章9、10節)というみことばを握り締めて祈り続けました。
しばらくして子どものことで問題が起こり主の助けを求めていた時、仕事を通して出会ったM姉にH.C.C.の塩島牧師を紹介して頂き、水曜日の学びに参加させて頂き、カウセリングも受けさせて頂きました。そのことを通して私の神理解が全く的外れだったことを知り、子どもの問題と思っていたことが私自身の問題であったことに気づかされました。そして自分自身の罪の重さを知り、主に悔い改めをしました。
H.C.C.で礼拝を捧げさせて頂きたいと思いましたが、人間関係に縛られていた私はなかなか決断できないでいました。そんな時夫が天に召されました。とても悲しく辛いことでしたが、そのことがあってH.C.C.で礼拝を捧げる決断ができました。それからも、牧師夫妻や教会にもご迷惑がかかってしまう程のサタンの攻撃がありましたが、主が先頭に立って戦ってくださり勝利させて下さいました。
H.C.C.に来てからはヘブル人の手紙、ローマ人の手紙の学びを通して、先ほどお読みしたヘブル人の手紙12章11、12節のみことばの意味を理解することができ、学んだことにより、私自身がどんなに主に愛されているかが良くわかりました。そして、その主の愛に応答していける者になりたいと主に願いました。
モーセの律法では神が働くことができず、返ってのろいを受けることを知りました。新しい契約により、主が語られるみことばを信じて祈り求めた時、祝福を与えられてることを知りました。
このことを受け取ってからは、主は次々と私と子供たちを祝福してくださいました。長女が、16歳でイスラエル旅行に行くことができ、イエス様が洗礼を受けられたヨルダン川で洗礼を受けることができたこと、長男が13歳でアメリカに行けたこと、またその旅費も主がすべて与えてくださいました。
ハガイ書のみことばで4つの木の実の祝福の約束が与えられた通りに、病の癒し、キリストの救いの計画に用いられたこと、経済的な祝福も、与えられ続けています。
そしてヘブル人の手紙8章10〜12節のみことばから、まだキリストの救いに預かっていない二人の子どもの救いも、主はみことばを通して約束して下さっているので感謝して希望を持って祈っています。
8年間もモーセの十戒の律法を守ることに力を入れ的外れの信仰を持ち続けていた私を、主はただ一方的に哀れんで下さり、みことばに書かれている律法ののろいから、私と子どもたちを導き出してくださったことに心から感謝しています。
最後にみことばをお読みして、お証を終わらせて頂きます。
「私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。」 (ローマ人への手紙8章38〜39節)
主に感謝し、主をほめたたえます!
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